研究のモチベーション
日本の高齢者人口は25%を超え,超高齢社会となっています.高齢になると運動疾患を生じることが増え,社会保障費の増大や介護者,理学療法士などへの負担が増えています. 私は運動疾患を有する人を支援する技術や運動の教示システムの研究開発を目指しております. 実際に運動支援やリハビリテーションをするためには,基礎研究としてヒトが運動を実現するメカニズムを理解することが必要で,それを支援システムに活用することが重要で, 私はヒトの運動メカニズムを解明する基礎研究から,支援技術の開発まで応用研究まで幅広く研究を行っております.
研究の設備
我々の研究グループでは,ヒトの運動を解析したり,アシスト装置の評価や制御に使える実験装置が揃っています. バイオメカニクスの研究では三種の神器とも言える,モーションキャプチャシステム,床反力計,筋電計を主に使用して研究を進めています.
光学式モーションキャプチャシステム
人の身体運動を計測するための光学式モーションキャプチャシステムがあります. 合計11台のカメラで,運動を計測することができます. 赤外線を反射するマーカを身体に貼り付けることで,そのマーカの空間上での3次元位置を計測することができます. またキャリブレーション不要のモーションキャプチャシステムを使っています. 死角があり,万能ではないのですが,キャリブレーションの手間が省けます. SDKも公開されているので,運動に合わせてフィードバックをすることも可能です.
床反力計
床反力計は3枚持っております.3枚の床反力計で,左右の足と臀部の床反力をそれぞれ計測することができます. 力は6軸(力+モーメント)を計測でき,圧中心なども分かります. 大きな床反力計の垂直方向の容量は10,000 Nで,ジャンプなどのスポーツ動作も計測可能です. 歩行動作のように床反力計から外れた運動を対象とする時は無線のフットセンサを使います.
筋電計
2種類の無線の筋電計を持っております(CometaとDelsys). Cometaの筋電計では32ch分の筋を計測することができます. 32chと聞くと多いようですが,片麻痺患者のように左右の運動が非対称の時などに活躍します. また上肢と体幹を合わせて計測する時などにも使います. 32ch全部使う時には電極を1袋丸々使い切ります… Delsysの筋電計は現在増やしている最中です.新たな実験系のために使用します. 最大で48chの無線筋電計を有しております. 他にも有線の筋電計を16ch分持っています.これは私が博士課程で使用したものでした. 今までもチャンネル数が足りないときには,これの出番です.
研究テーマ
健常若年者の起立動作における筋シナジー構造の解明(2008年度~)
ヒトの運動機能を改善するためには,運動の理解が必要である. 本研究では日常動作の起点となるヒトの起立動作を理解するため,運動を計測し現象論的に解析することと,構成論的に起立動作モデルを構築することが肝要である. 特に筋シナジーと呼ばれるまとまりを持って活動する筋活動にもとづいて解析を行った. 下肢の筋活動を計測したものでは,ヒトには3つの筋シナジーが存在し(離床・伸展・姿勢制御を担当), 特に健常若年者と高齢者のシナジーを比較した研究では,高齢者では姿勢制御に相当する筋シナジーが弱まっていることが明らかになった. またヒトがどのように異なる環境に対して適応的に運動を生成しているかを明らかにするため,異なる座面高の椅子からの立ち上がり(外部環境)と運動速度の異なる起立(内部環境)を計測した.その結果,筋シナジーは環境間で共通するものの,その活性重みを変化させることで適応的な動きを達成していることが分かった. 構成論的にヒトの筋骨格モデルを構築したものでは,実際に下肢の筋を個別に制御しなくても,3つの筋シナジーを制御することでヒトの起立動作が生成されることがわかった.
- Ningjia Yang, Qi An, Hiroshi Yamakawa, Yusuke Tamura, Atsushi Yamashita and Hajime Asama, “Muscle Synergy Structure using Different Strategies in Human Standing-up Motion”, Advanced Robotics, Vol.31, No.1, January 2017. [pdf][link]
- Qi An, 石川雄己, 舩戸徹郎, 青井伸也, 岡敬之, 山川博司, 山下淳, 淺間一, 座面高と速度の異なるヒト起立動作における筋シナジー解析, 計測自動制御学会論文集, vol. 50, no. 8, pp. 560-568, 2014 (計測自動制御学会論文賞受賞). [pdf][link]
- Qi An, Yusuke Ikemoto, and Hajime Asama, “Synergy Analysis of Sit-to-Stand in Young and Elderly People”, Journal of Robotics and Mechatronics, vol. 25, no. 8, pp. 1038-1049, 2013. [pdf][link] Qi An, Yuki Ishikawa, Shinya Aoi, Tetsuro Funato, Hiroyuki Oka, Hiroshi Yamakawa, Atsushi Yamashita and Hajime Asama: “Analysis of Muscle Synergy Contribution on Human Standing-up Motion Using Human Neuro-Musculoskeletal Model”, Proceedings of the 2015 IEEE International Conference on Robotics and Automation (ICRA2015), pp.5885-5890, Seattle (USA), May 2015. [pdf][link]
片麻痺患者の起立動作における筋シナジー構造の解明と理学療法士の技能解析(2015年度~)
本研究は森ノ宮病院と理化学研究所と共同して行ったもので,片麻痺患者の筋シナジー構造の同定と理学療法士の介入によって運動がどのように変化するかを調査した. 片麻痺患者では特に離臀を担う筋シナジー2の活動が遅くなったり,長くなったりする現象が見られた. 一方で理学療法士が臀部と膝部に介入を行うことで,立ち上がりがスムーズになり,筋シナジー2の活動も改善することが分かった. この知見は今後支援システムの開発に応用していく予定です.
- Hiroki Kogami, Qi An, Ningjia Yang, Hiroshi Yamakawa, Yusuke Tamura, Atsushi Yamashita, Hajime Asama, Shingo Shimoda, Hiroshi Yamasaki, Matti Itkonen, Fady Alnajjar, Noriaki Hattori, Makoto Kinomoto, Kouji Takahashi, Takanori Fujii, Hironori Otomune and Ichiro Miyai, “Effect of Physical Therapy on Muscle Synergy Structure during Standing-up Motion of Hemiplegic Patients”, IEEE Robotics Automation Letter (Accepted).
- Ningjia Yang, Qi An, Hiroshi Yamakawa, Yusuke Tamura, Atsushi Yamashita, Matti Itkonen, Fady Alnajjar, Shingo Shimoda, Hajime Asama, Noriaki Hattori and Ichiro Miyai, “Clarification of Muscle Synergy Structure During Standing-Up Motion of Healthy Young, Elderly and Post-Stroke Patients”, Proceedings of the 2017 International Conference on Rehabilitation Robotics (ICORR), pp. 19-24, London (UK), July 2017. [pdf][link]
自己効力感を利用した最小不可知差異に基づくアシストシステムの設計(2012年度)
高齢者などの身体機能を回復するには,心理的障壁を克服し,自分が動作を達成できるという感覚(自己効力感)が必要である. リハビリなどの現場では,心理的障壁によって本来の機能を十分に発揮できないことがある. そのため本研究では,アシスト装置の軌道を徐々に被験者が気づかない範囲(最小可知差異)で徐々に変化させることで自然と心理的障壁を乗り越え,自己効力感を与えるシステムを提案した.
- Qi An, Yuki Ishikawa, Junki Nakagawa, Hiroyuki Oka, Hiroshi Yamakawa, Atsushi Yamashita and Hajime Asama, “Measurement of Just Noticeable Difference of Hip Joint for Implementation of Self-efficacy: In Active and Passive Sensation and Different Speed”, Advanced Robotics, vol. 28, no. 7, pp. 505-515, 2014. [pdf][link]
ボートのローイング動作の運動教示システム(2013-2014年度)
ボートのローイング動作を対象に,非熟練者が運動技能を向上させるために,熟練者と非熟練者の差を運動技能として抽出し,それを教示するシステムを構築した. 実際には下記の動画のように,運動中の筋活動を可視化し,リアルタイムに提示するシステムを作成した. これによって熟練者の動きを記録して,教材として使用したり,非熟練者が自分自身の運動を確認するために使うことができる.
- Qi An, 柳井香史朗, 中川純希, 温文, 山川博司, 山下淳, 淺間一, 実映像と筋活動の重畳表示によるローイング動作教育システム, 日本機械学会論文集, Vol.82, No.834, 15-00424, pp.1-11, 2016. [pdf][link]
スライディングシートを用いた介護動作の技能抽出(2013-2014年度)
寝たきりの患者に対して,褥瘡などを防ぐために姿勢変換をすることは重要である. しかし姿勢変換を人力で行うと腰痛などを引き起こすことがあり,スライディングシートと呼ばれるシートを使って体位を変換する. 本研究では熟練者がシート引き動作を行う際の技能を抽出し,それを非熟練に教示することで運動学習の効果が上がるかどうか検証した.
- 中川純希, Qi An, 石川雄己, 柳井香史朗, 保田淳子, 温文, 山川博司, 山下淳, 淺間一, シートを使ったベッド上介助動作における技能教示サービスシステムの提案, サービス学会第3回国内大会講演論文集, pp. 323-324, 金沢, 2015年4月.
- Junki Nakagawa, Qi An, Yuki Ishikawa, Koshiro Yanai, Wen Wen, Hiroshi Yamakawa, Junko Yasuda, Atsushi Yamashita, and Hajime Asama, “Extraction and Evaluation of Proficiency in Bed Care Motion for Education Service of Nursing Skill”, Proceedings of the 2nd International Conference on Serviceology (ICServ2014), pp. 91-96,Yokohama, Japan, 2014/Sep. [pdf]
義肢開発のための振動触覚刺激を用いた力情報フィードバックシステムの開発(2011年度)
従来の義手使用者は物体操作をする際に指先にかかる力を知ることができず,義手を十分に活用できなかった.本研究では振動触覚フィードバック用い,指先にかかる力を振動を通して,非侵襲で安全にユーザーに提示するデバイスを開発した. 仮想空間を構築し,実際に人が振動触覚刺激を通じて指先力を知覚し,仮想空間上での物体操作を行えるか評価を行った.2週間に渡るトレーニングを通して,人は十分に触覚振動刺激から力情報を学習して,物体操作を行う精度が向上した. また実空間上でも,同様の振動触覚刺激の提示デバイスを用いて,実際の物体操作を行えるか検証した. 結果として,腕に付着させた1つの触覚振動デバイスという非常に安全でかつ単純な方法で人は有意に物体の操作性を向上させることができ,提案手法の有効性が示された.
- Cara, E. Stepp, Qi An, and Yoky Matsuoka, “Repeated Training with Augmentative Vibrotactile Feedback Increases Object Manipulation Performance”, PLoS ONE, 7(2), e32743, 2012. [pdf][link]
音声認識システムを利用したロボットマニピュレータの制御(2011年度)
全身麻痺患者のように手足の不自由な人を支援することを目的とした音声によるロボットマニピュレーターの制御方法の開発を行った. 本研究では,複数の母音と音の高低,撥音の合計7自由度の入力を用いた制御を行い,異なる制御として1. 単関節制御,2. 終点位置制御,3. 複数関節協同制御の3つの制御則のパフォーマンスを比較した. ボトルを机の上から掴み,0.5 mほど離れたゴミ箱に捨てる,6本のペットボトルが入ったバッグを1.0 mほど離れた机に運搬する,倒れているボトルを垂直に立てるという異なる実験環境において試行し,それぞれの制御則のパフォーマンスを比較した. 結果として,被験者は単関節制御と複数関節協同制御に関して終点位置制御よりも,作業時間と成功率の観点で有意な結果を示した.
- Mike Chung, Eric Rombokas, Qi An, Yoky Matsuoka, Jeff Bilmes, “Continuous Vocalization Control Of A Full-Scale Assistive Robot”, Proccedings of IEEE International Conference on Biomedical Robotics and Biomechatronics 2012 (BioRob 2012), pp. 1464-1469, Rome, Italy, 2012/Jun. [pdf]